M・Tさん 慶應義塾大学 医学部
<分析>
高校入学と同時に当学院へ入会したこの生徒は、医師の家系に育ち、将来的に家業を継承するという明確な進路を見据えていました。しかし、「医師になることが当然である」という極めて限定的な環境に身を置いていたがゆえの、特有の課題を抱えていました。
医療の世界を内側からのみ凝視してきたことで、自らが歩んできた「知的好奇心や向上心があることが当たり前である」という環境を絶対視する傾向にありました。そのため、学問や自己研鑽に関心を持たない層や、状況によっては医療従事者に対して不遜な態度をとる患者など、自らの価値観からは推し量れない他者の在り方や社会的背景を、客観的に理解することが困難な状態にありました。
<施策>
今回の場合、多角的な視座を備えた「批判的思考」を確立するために、極めて根源的な倫理的問いを投げかけ続けました。「なぜ人を殺してはいけないのか」「盗みが許されるケースは存在するか」といった、本人がそれまで自明視してきた価値観を根本から揺さぶる問いを提示し、徹底したトレーニングを重ねていきました。
こうした問いに対し、単なる情緒的な反応や既存の道徳観をなぞるのではなく、反論を試みるならば、必ずそれを支える強固な論拠と個の信念を提示することを求めました。
<効果>
慶應義塾大学医学部では、単なる学力や技術の高さに留まらず、他者の尊厳に対する深い洞察や、倫理観に基づいた「人間性」が厳格に求められます。自主自律の精神と、患者の心に寄り添う「仁」の心、これらを兼ね備えた医師を育成するという理念に鑑みれば、表面的な正解をなぞるだけの姿勢では、その門戸を叩くことは叶いません。
本人は、批判的思考の訓練を通じて、自身の特権性や固定観念を脱ぎ捨て、複雑な社会において医師として立つことの重責を真摯に捉え直しました。

