<重要>小論文は簡単、という誤解
投稿日時:2026/07/17(金) 23:13

本記事の要約
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・「小論文は短期間で書ける・型通りで受かる」は嘘?
楽をしたい心理につけ込んだ、塾のビジネス集客(マーケティング)の構造とは。
・型にはめた小論文は「レトルト食品」
大学教授にテンプレートは通用しない?
・合格に不可欠なもの
合格するために定める「覚悟」の正体とは――?
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こんにちは、岡本大空です。
「小論文は短期間で対策できますか?」
「小論文は形式を教えてください。」
相談者の方から、このような質問をいただくことがよくあります。
塾経営者という立場上、私は「はい、可能です。」と答えるのが、ビジネスとしては最も効率的でしょう。
短期間で成果を求めたいというニーズは圧倒的に多く、「短期間の対策講座を用意しています。」と伝えれば入塾希望者は後を絶たず、多くの売上を得ることができるからです。
しかし、20年小論文と向き合ってきた専門家として、そして教育者として申し上げます。
短期間で小論文を修得できる、形式を整えれば合格できる・・・それは嘘です。
こう発言すると、当然当学院の売上・利益は、先述と比べて半減します。
しかし私は、教育者として「嘘」を発信することができません。
仮に、もし本当に小論文が「型にはめるだけで評価だれる」のであれば、
なぜ、一般選抜において、国公立や医学部、難関私大と呼ばれる大学が小論文を課すのでしょうか?
なぜ、一定以上の評定平均や英語資格を課すような総合型選抜、公募推薦において課すのでしょうか?
なぜ、形式を評価するのに、膨大な数の受験生一人ひとりの回答内容が異なるような、採点に時間や労力のかかる試験を課すのでしょうか?
「型にはめる」「誰でも書ける」ようなものであるならば、説明がつかないのです。
答えはシンプルで、英語や数学といった科目では合格者に差がつかず、より高度な内容を課す必要があるからです。
では、なぜ小論文は「簡単だ」と語られるのでしょうか。
「型さえあれば書ける」と誤解されるのには、いくつかの理由があります。今回は「マーケティング」の観点から解説します。
第一に、人間の脳が「楽な道を肯定し、選ぼうとする本能」を持っているからです。
心理学には、自分に都合の良い未来を過大評価する「楽観的バイアス」や、苦しい努力を避けて既存の解決策にしがみつく「現状維持バイアス」があります。「テンプレートをなぞれば合格するはずだ」と信じたい心理は、まさにこのバイアスの典型です。つまり「小論文は簡単である」と言ってほしいという、一定の需要があります。
第二に、そのようなバイアスを持つ人々に「簡単だ」と言えば、容易に集客できます。それに加え、誰でも真似のできる「形式」だけを教える指導は、学生アルバイトでも可能です。高度な訓練を受けた講師を雇う必要はありません。つまり大量生産できる講座を用意し、大量消費してもらうことができるため、結果的に塾が大儲けできるからです。
さて、「需要があるところに供給する」ことはビジネスとして間違っていませんが、教育の場において「需要があるから正しい」とは言えません。
多くの塾や参考書が教える小論文の「型」は、いわば「レトルト食品」です。
研究者である大学の先生は、一流の料理人に例えることができます。体裁が整っていても、「温めるだけで誰でも出せるレトルト」であることなど、見抜かれてしまいます。
料理をされる方、スポーツをされる方、楽器を演奏される方など、ご自身の得意な分野で構いません。本当に練習しているのか、見せかけたけの偽物なのか、プロでなくても分かる、ということはあるでしょう。
以前、あるYouTuberの方に、お店で袋ラーメンを提供したら本物と見分けがつくか、という企画を目にしたのですが、やはりそれもすぐに見破られていました。
第三に、合格者や指導者ですら、「なぜ合格したのか」「何が評価されたのか」を明確に理解できていないという事情があります。
合格した学生が後輩に「こう書いたら受かった」と語ったとしても、実際に採点官から詳細なフィードバックを受けたわけではありません。また、塾や予備校が作成する「模範回答」も注意が必要です。大学側は模範回答を作成しません。もし模範回答が存在するのなら、合格者により回答が異なるような試験問題は、膨大なコスト(時間、労力など)がかかるため、作成しません。
これらを踏まえると、「小論文は簡単で、すぐに修得できる」というのは、残念ながら幻想と言わざるを得ません。
受験生にとって合格という結果が最重要であることは、私も同意します。
しかし、数学や英語と違い、小論文は受験生がこれまでどれだけ地道に努力をしてきたかを見極める科目です。
その努力とは、日頃から志望分野に関心を持ち、勉強してきたか。
自分の意見を裏付けるために、どれだけ泥臭い論理の構築を繰り返してきたか。
レトルトという安易な逃げ道を選ばず、自分の言葉で紡ごうとしてきたか。
合格していく生徒は、例外なく泥臭いプロセスを厭わない人たちでした。
だからこそ、「覚悟」が必要なのです。
その覚悟を定めた方、ぜひお会いしましょう。渋谷の教室にてお待ちしています。
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