親ガチャという言葉について
投稿日時:2024/03/06(水) 13:45

以下に誤字脱字や表現を見直し、より流れを整えたバージョンを記載しました。
こんにちは、岡本大空です。
ここ数日、敬愛する先生のお孫さんが大変な難病であり、骨髄移植後、かなり危険な状態であるとお聞きし、案じておりました。つい先ほど、最大の危機は回避できたとの連絡を受け、この出来事は命の重さ、人が生きるためには多くの人の手と努力、力が必要であることを改めて思い知らされました。
ところで、最近「親ガチャ」から派生して、◯◯ガチャという言葉をよく耳にします。いろいろと事情もあるでしょうから一概には言えませんが、私はこの言葉を軽々しく使い過ぎではないかと思っています。
私が勤務していた帰国生の多い国際基督教大学高等学校では、ある生徒が期末試験の解答用紙の余白に、自身が海外にいた頃、武力闘争があり、近所に住んでいた友人が亡くなったことを書き、そのために毎日を感謝して大切に生きる決意をしたということがありました。
また、当学院においても、大変な家庭の状況にあっても、「親ガチャ」という言葉を発した生徒は一人もいません。家で落ち着いて勉強できない状況でも、「あんな未熟な親でも、よく自分を捨てずにここまで来た」と涙を流しながら語り、慶應義塾大学に合格をいただいた者もいました。
この日本に生まれただけで、世界中から見ればラッキーなのです。歩いていて銃撃される心配どころか、落とし物が返ってくる国です。食べ物も水も安全で、餓死することはほとんどありません。最先端の医療も少ない負担で受けられます。不景気だと言いながらも、高校まではほとんどの方が進学できます。努力をすれば奨学金を活用して、家庭からの支援がなくても大学や大学院に進学することもできます。むしろ、不景気やガチャという姿勢そのものが、この30年間、日本経済を停滞させたのではないかと思います。
私どもは、不平不満を述べる前に、まず目の前にある出来事、今日生徒が来てくれること、仕事があること、自宅から離れた渋谷に行くのに、低価格で電車という高速の乗り物に乗れること、そういった一つひとつに目を向けていきたいと思います。たとえ辛い想いをしても、命があってこそできる経験です。
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